この時期に、久しぶりに飛行機に乗って沖縄に行ってきました

2020

03.05

最近、久しぶりに飛行機に乗って、沖縄に行ってきました。

新型コロナウィルスの影響で、空港も飛行機もホテルもガラガラでした。あれほどいた中国の団体客も皆無です。日本人もビジネス客、観光客もかなり少なくなっていました。

①セントレア空港はお昼時もこんな感じでした。

そんなセントレアで見つけました。セントレアのセンターを飾っていたのは・・・

信州飯田の宣伝コーナーでした。そうです、飯田は、水引の産地なんです。

「水引き」って、なんだか分かりますか?のし袋についている、あの紙を丸めた糸のようなものを何本か束ねて形をつくる装飾品です。のし袋の需要がなくなり、結婚に際して行う結納品の需要がなくなり、主婦に人気の内職仕事も中国の安い人件費にとられたため、日本の水引き産業は、長らく斜陽産業といわれてきました。しかし、どっこい、日本最大の産地、信州飯田では、水引は工芸品、アート作品として生き延びていました。

 

 

どうですか?これ、すごい芸術品ですね。数少なくなった水引細工の職人さんが手間暇かけて作ったものです。

残念なことに歩いている人が少なく、ちょっと寂しいブースになっていましたが、こんな時だからこそ、新たな発見や出会いを見つけに、外出してみましょう。大人数の人込みを避ければ、ゆっくりといろんなものを見てまわることができます。

はい、当社の本社は、信州飯田にあります。念のため。

 

②沖縄那覇空港につきました。空港内もこんな感じでした。

いつもより、人は少ないのですが、まだ活気はありました。中国語で話す人もちらりほらりいました。後に乗ったタクシーの運転手が言っていました。「今、沖縄で中国語を話すひとがいたら、それは台湾人だよ。中国本土からはほとんど観光客、ビジネス客はいないよ。」ということでした。

休日に、首里城へ行ってきました。守礼の門は健在でした。観光客もいました。

どきどきしながら、いくつかの門をくぐりました。

その向こうにみえた風景は・・・・

 

無残な瓦礫の山でした。昨年10月の出来事でしたが、まだ瓦礫の撤去は終わっていません。

観光客もここでは、なぜか無言になってしまっていました。これから長~い、長~い、再建の道が続くことになることでしょう。しかし、沖縄の皆さんの精神的なよりどころだった首里城は、この丘にきっとよみがえることでしょう。

 

琉球王国の歴史、ビジネスの存続、時代の大きな流れ、群衆心理、アメリカ文化、そのようなことをいろいろと考えさせられた出張でした。

決して観光旅行ではありません、念のため。

 

 

 

 

 

 

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