カテゴリー別アーカイブ: 社長ブログ

2023

01.05

新年明けましておめでとうございます。

2023年、令和5年、うさぎ年が穏やかにスタートしました。

皆さまはどのようにお過ごしでしょうか?3年ぶりの行動制限のない正月でしたので、各地では人出がすごかったですね。でもこれが本来の正月だったのですね。以前のことが思い出せないくらい長いコロナ禍でしたね。

当社は、昨年は普通では経験できなようなことをたくさん経験させてもらいました。今年は、一皮むけて、新たなスタートを切りたいと考えています。個人的にも還暦を越えて新たな段階に入ったつもりです。

ケンタッキーフライドチキンを創業したカーネルサンダースは、60歳を超えてからフランチャイズ展開を始め、一気に世界的なチェーン店に発展させました。それまでは米国ケンタッキー州の片田舎でお店を1店舗経営していただけでした。90歳で亡くなったときには、世界に6000店舗のケンタッキー店があったといいます。世界的なプロスキーヤーの三浦雄一郎氏は、80歳になったときに3回目のエベレスト登頂に成功しています。こんなすごい人たちにちょっとでも近づけるように頑張っていきたいと思います。

●ポスティングの「まかせてグループ」

●住宅購入相談所の「すまいポート」

●貸ホールの「南松ホール」

を本年もよろしくお願い申し上げます。

有限会社ペーパー・シャワーズ 代表取締役 村松昭文

⇓本社のとなりの会社の松飾が毎年豪華でほれぼれとしています。職人技ですね。どんど焼きで燃やすのはもったいない芸術品級です。

2023

10.26

先日、ご招待を受けて社員の結婚式に参加してきました。

コロナ禍を越えて、約3年ぶりにこのような大勢の方々が集まる結婚式が開かれるようになったと感慨深いものがありました。当人たちもだいぶ悩んだようですが、やはりリアルで集まる結婚式を開催することを決断したと言っていました。

 

 

大正解!でした。リアルにまさる結婚式はありません。いろんなところにコロナ感染症対策のアイディアが散りばめられていましたし、結婚式のあり方もかなり変わってきたなと思いましたが、基本は同じです。いままで育ててくれた新郎・新婦それぞれのご両親やご家族・ご親戚のみなさんへ感謝する大事なイベントです。また、2人が結婚したことをひろく世間一般へ宣言・アピールする儀式でもあります。

 

結婚式のあとの披露宴も、細かなアイディアがたくさん見受けられました。2人の人柄が分かる大変印象深い披露宴でした。

私は、車の運転があったのでアルコール類は一切飲みませんでしたが、できればお酒も入れてお祝いしたかったなぁと思いました。

 

これで何回目の社員の結婚式に呼ばれたのだろうか?一緒に招待された社員とそんな話になりました。いままでご招待をうけた社員は、皆、幸せ(そう)な家庭を築いていることに気が付きました。扶養家族が増えた家族も多くあります。

このような当たり前のことが今は非常に貴重な出来事のようにおもえます。社員の扶養家族が増えることはいいこと、それは会社が発展していくためにも重要なことだと思える今日この頃です。

F君、本当にご結婚おめでそう、姉さん女房の奥さんも気さくで話しやすい方ですね。また、一緒に飲みましょう!

(仕事もがんばってください!)

 

2023

10.15

(前号からのつづき)

 

東北から帰ってきて、私も日常の生活に戻っていました。

9月になって稲穂が色づき、稲刈りが始まるころ、私の家に東北のあの町の消印のある一通の手紙が届きました。

 

そこには、あのことば「克勤克儉」の読み方と意味が書かれていました。

斎藤實記念館の学芸員さんが、一生懸命にまわりの方々に聞いてくれて、判明したということでした。ちょっとした会話から、長野から訪ねて行った変わったおじさんのために、時間をかけて調査してくれたことが文面からも推察できました。

 

さて、本題です。

 

「克勤克儉」の読み方は、

「よくきん よくけん」

でした。

意味は、

「職務を成し遂げても、行いを慎んで控えめにする」

ということでした。

 

出典は、唐人の処世訓(身を守るの所為)のなかにある一節で

「克勤克儉無怠無荒」からきているということでした。

 

こちらの読み方は、

「よくきん よくけんに たいなく こうなし」

になるそうです。

また、その意味は、

「心を尽くし 職務を成し遂げ

 行いを慎んで控えめに

 怠りなく励めば

 見捨てられる(無視される)ことはない」

ということでした。

 

 

この夏、日本の首相だった人物が選挙演説中に41歳の男性が撃った凶弾に倒れるという衝撃的な事件が起き、それをきっかけに郷土の公民館に掲げられている扁額を思い出してしまいました。

昭和8年に日本国の首相だった人物は、禁酒をして村の財政を立て直した全国の村長さんを首相官邸に招いて、ほめたたえたあと、「克勤克儉」の扁額を贈りました。扁額を贈られた村では、それを大事に後世に伝えてきました。

その後、扁額を贈った首相は、首相退任後でしたが欧米寄りの姿勢を批判されて、二・二六事件で青年将校に殺害されていました。

 

 

「克勤克儉」の読み方や意味を探して、東北の斎藤實記念館にまで行ってしまいました。その町が、大リーグエンゼルスで大活躍中の大谷翔平選手が育った地とは知りませんでしたが、新たな発見でした。

なぜそこまでして、このコトバの読み方や意味を知りたかったのかは、今となってはよくわかりません。しかし、私や当社がいま必要としているコトバだったような気がしてきました。

 

いまは晴れ晴れとした気持ちで、秋晴れの空を見上げることができるようになりました。

 

 

私のひと夏の冒険に5回にわたりお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

Special thanks  to 斎藤實記念館 学芸員のⅠ様

(完)

 

2023

09.28

(前号からのつづき)

ぶらぶらと斎藤實記念館から、在来線の最寄り駅に向かって歩きました。するといたるところから「大谷翔平」の名前が目に飛び込んできました。

 

宝石店でも

 

お茶やさんでも

 

スポーツ店でも

 

 

 

そしてJRの駅前の広告塔にもおおきな大谷翔平が踊っていました。

 

 

そうです。ここは、大リーグエンゼルスの大谷翔平選手が、中学生までを過ごした町でした。花巻東高校で全国にその名を轟かすまでは、大谷翔平選手はこの町で普通に少年時代を過ごしていたのです。この駅にも、あのスポーツ店にも寄っていたに違いありません。

 

 

↑駅の待合室にも、大谷翔平選手が普通にいたことでしょう。

 

もう何年かすれば、大谷翔平記念館がこの町にできるに違いありません。東北新幹線のタクシー乗り場には、人があふれるかも知れませんし、待合のタクシーも途切れなくなるかも知れません。郷土の偉人となる日も近いでしょう。もしかしたら、もうすでに偉人かも知れませんね。

 

いつの時代にも、郷土に誇れる偉人がいるといいですね。

 

その後、東北から帰ってきて、私も日常の生活に戻っていました。

 

9月になって稲穂が色づき、稲刈りが始まるころ、私の家に東北のあの町の消印のある一通の手紙が届きました。

(つづく)

2023

09.22

(前号からのつづき)

 

ここに昭和8年(1933年)ごろの新聞記事があります。おおよそ、書いてあることはこんなことです。

 

「昭和8年9月1日、関東大震災の記念日に明治神宮外苑にある日本青年館にて、東京都下の20村の村長が集まる会合で、全国の禁酒村の村長を招いてその活動を聞く集まりがあった。招かれたのは、青森県三好村、茨城県高田村、神奈川県大澤村、石川県河合谷村、石川県笠谷村、富山県南谷村、愛媛県日振島村、香川県栗井村、岐阜県間瀬村、長野県三穂村の10村の村長でした。

全国禁酒村の草分けである石川県河合谷村の森山村長からは、全村禁酒に励んだ結果、貧乏な寒村に学校を建てることができたと報告があった。また、禁酒を実行してからの村は、

  • 病人が5割減った。
  • 貯金が5年間で3万円もできた。
  • 全村300戸のうち、2割近い50数戸が改築された。
  • 伝染病が皆無になった。
  • 訴訟、喧嘩がなくなった。
  • 犯罪が皆無となった。
  • 花柳病(性病)患者が0パーセントになった。

など良いことばかりになった。

翌2日には、10村の村長は首相官邸を訪問し、斎藤實首相へ直接意見を開陳した。」

 

時の首相、斎藤實は、全村の村長に、「よくやりました」とほめて、「克勤克儉」の扁額を送ったということでした。

 

昭和初期の日本は、ニューヨーク市場での生糸大暴落後の世界恐慌の中で、「貧富の格差拡大」「物価の高騰」「農村の疲弊」「雇用への不安」「関東軍の暴走」など令和の現代にも通じる状況でした。主要人物の暗殺も相次ぎ、社会不安が増長していました。そのような時代において、全国で禁酒を励行する村が表れて、首相官邸において表彰されたということになると思います。

 

10村のひとつ、長野県三穂村が、私が生まれた村です。三穂村では、斎藤實首相からいただいた扁額を大事に公民館で保存し、後世に伝えてきました。故郷を離れてずっと過ごしていた私もその事実を知ってから、郷土に誇りを持てるようになりました。

 

公民館で保存されている扁額がこれです。

(儉克勤克は、見たままですが、戦前の漢字などは、読むときは右から読むので、克勤克儉が正しいことばの順序でした。)

 

しかし、正確な読み方、正確な意味を知る人がいなくなっていました。

そんなとき、安倍元首相の暗殺事件をきっかけにこのことを思い出してしまったのでした。

 

その当時の三穂村村長の林治郎が作詞した「三穂更生歌」なる歌詞も公民館に飾られています。そこにも「克勤克儉」の文言が見られます。(歌までつくってしまったすごい!村長ですね。)

 

斎藤實首相は、なぜ、この言葉を禁酒村村長に贈ったのだろうか?

 

そもそも読み方は?その意味は?

 

と知りたいことが次から次へと湧き出てきました。

 

しかし、なぜか斎藤實記念館を訪れたことにより、達成感でいっぱいになりました。記念館を出た私は、そんな故郷の歴史を思いながら、最寄りの在来線の駅までしばらく歩くことにしました。

古民家を改築した町の資料館なども見学して、駅に向かって歩くと、そこは「大谷翔平」であふれている町でした。

(つづく)

 

2023

09.14

(前号からのつづき)

タクシーは、平坦な道を住宅街に沿ってどんどん進みます。景色から東北を特徴できるものは見当たりませんでした。

私「斎藤實って、地元ではどのように思われているんですか?」運転手さん「もちろん、郷土の誇りですよ。5年くらい前までは、市も力をいれて記念館をアピールしていたけど、最近はあまり聞きませんね。最近の若い人は、斎藤を知らない人もいるかも知れません。タクシーの運転手の講習会でも、観光客にこういうふうに話すようにといったことを学ぶんですが、最近は斎藤實記念館へ行く人も少ないねぇ。」

私「二・二六事件で殺されたというところしか、知られていないかもねぇ。ところで、いつも駅前にはタクシーが待っていないんですか?1台もいなくて今日、びっくりしたんですけど。」

運転手さん「あぁ、すみませんねぇ。今週から4回目のワクチン接種が始まったんで、高齢者を接種会場へ運ぶんで、忙しくてねぇ。」

私「そうだったんですか、経済がきちんと回っていていいですねぇ。」

こんな会話をしていると、ほどなく斎藤實記念館に着きました。

 

 

 

大きな森のなかに、瀟洒な洋風な記念館がみえました。入り口で入場料を払い、コロナ対策の連絡先を書いて、中に入りました。先ほどお金を受け取った女性学芸員さんが、館内を先回りして、電気をつけてくれました。どうやら、私が本日最初の来館者のようです。

 

斎藤實(さいとうまこと) (1858年生~1936年没、昭和7年5月~昭和9年7月内閣総理大臣)

総理大臣であった犬養毅海軍将校らによって殺害された五・一五事件のあとの第30代内閣総理大臣として、陸軍関東軍による前年からの満州事変など混迷した政局に対処し、満州国を認めなかった国際連盟を脱退しながらも、2年1か月という当時としては長い政権を保ったが、帝人事件での政府批判の高まりにより内閣総辞職した。その後内大臣となって宮中にまわったが、直後に二・二六事件で暗殺された。(ウィキペディアより)

 

私は、静寂な館内である言葉を探して展示物をひとつひとつ見ていきました。今回の東北の旅の目的は、「ことば」探しでした。記念館のなかはこじんまりとしており、分かりやすい順序で斎藤實の生涯が分かるようになっていました。特に、二・二六事件の展示物には、圧倒されましたが、とりあえず私の目的はある「ことば」を探していました。

 

 

ここにもない、ここにもない。

ついに斎藤實の書庫の部屋にたどり着きました。すごい量の蔵書と書物・出版物がきちんと整理整頓されていましたが、このなかから「ことば」を探すのは容易ではありません。ついに、あきらめました。

 

 

帰り際に、来館者ノートというのがあったので、私はそこに書き記しました。

 

 

 

 

 

 

そうです。私はこの「ことば」を探してきたのです。先ほどの女性学芸員の方にもそのことを伝えました。

学芸員「斎藤は、多くの書を残しており、その書が日本全国に散らばっています。もしかしたら、同じ「ことば」があるかも知れません。ちょっと、お時間をいたただいて、必ずやお返事したいと思います」

と言ってくれました。「ありがとう」と礼をいって、記念館をあとにしました。ちょうど、玄関をでて、庭を歩いていると、本日2人目の来館者が私とすれ違いに玄関に入っていきました。時はすでにお昼時になっていました。

 

なぜ、その「ことば」を探して、東北の斎藤實記念館にまでやってきたのか?それは、禁酒村の歴史にありました。

 

(つづく)

2023

09.07

今年の夏は、3年ぶりの行動制限のない夏となりました。だんだんと手探りで経済を回していこうという気運が高まってきました。コロナ感染者へのひどい誹謗・中傷もなくなり、ふつうのインフルエンザなみの感染症だという認識が広がってきました。いいことです。

私にとってもポスティング業界の歴史においても、さまざまな出来事に翻弄された記憶に残る夏となりました。世間を賑わしたニュースとしては、参議院選のさなかに安倍晋三元首相が銃撃されて亡くなるという事件でした。この日本でこんなことが起きるのか?とほとんどの人はびっくりしたと思います。

一国の首相経験者が、公衆の面前で殺される!

本当にショッキングな出来事でした。

さて、そのころから私の中にふつふつと湧き出る決意が固まりつつありました。以前からぜひ行きたいと思っていたところへ行ってみよう。

 

よし、東北へ行こう!

 

8月のある日曜日、猛暑の中、私は一人で東北新幹線に乗り込みました。

もちろん初めていく場所でした。目的の駅につくと、大瀧詠一の「君は天然色」メロディーが駅の構内で鳴り響いていました。若いころに大ヒットした懐かしいメロディーでした。

駅前のタクシー乗り場に行きましたが、1台も停まっていません。それどころか暑い日だったこともありますが、誰一人として歩いていません。駅前によくあるようなビルや飲食店や土産物屋さんもありません。閑散とした地方の駅でした。本当に新幹線の駅なの?という感じでした。

 

しばらく立っていましたが、タクシーがくる気配が一切ありません。そこで、タクシー乗り場の張り紙をみて、タクシー会社へ電話をしました。「駅前にいるんですけど、1台お願いします。」「はい、わかりました。10分くらいで行かせますので、乗り場のところでお待ちください。」

タクシー乗り場でも、私ひとりだけでぽつんと待っていました。話しかける人もいません。(キツネにつまされた気分というのは、こんな感じかも知れません)

約束通り10分ほどして、古いクラウンのタクシーがやってきました。私はタクシーに乗り込んで、行き先を告げました。

「(第30代内閣総理大臣の) 斎藤實(さいとうまこと)記念館へお願いします」

(つづく)

 

 

 

2023

08.22

みなさま、ざ・ん・し・ょ・お・み・ま・い・も・う・し・あ・げ・ま・す。

残暑お見舞い申し上げます。

暑い日が続いたり、豪雨が集中したりと最近の気候は予想が難しくなっていますね。

やっと、3年ぶりの行動制限が撤廃された夏なので、いろいろと動いてみたいのに、新型コロナオミクロン株の感染拡大が止まりませんね。皆様はどのようにお過ごしでしょうか?

 

 

 

突然ですが、かの有名な俳人 松尾芭蕉が、元禄2年(1689年)春~元禄4年(1691年)に長い俳句の旅に出かけました。その時詠んだ俳句をまとめたのが、「奥の細道」という紀行にまとめられました。春に、江戸をでて北関東をぬけて、白河関(現在の福島県白河市)から東北に入りました。

 

白河関で松尾芭蕉が詠んだ俳句が、新白河駅前の芭蕉像に刻まれています。

「心もとなき日数重るままに

白河の関にかかりて旅心定まりぬ」

 

このあと、山形の立石寺でかの有名な句を詠みます。

「静かさや 岩にしみいる 蝉の声」

ほかにも山形では

「五月雨を 集めて早し 最上川」

という有名な句を残しています。

 

最近、「奥の細道」ならぬ「配布の細道」という語句が入った看板がまかせて長野~まかせて松本へ移動していきました。

 

 

「芭蕉より 配布の細道 極めけり」       投函入魂(東京都練馬区)

 

この句は、第7回ポスティング川柳コンテストで最優秀賞を受賞した川柳です。

俳句と川柳は少し異なりますが、五、七、五はおなじで、俳句のように季語を入れる必要がないのが川柳です。

ポスティング川柳コンテストは、日本ポスティング協同組合が主催している川柳コンテストです。

ポスティングしている人なら、どなたでも応募できます。

どうですか?あなたも応募してみませんか?ちょうど、いま第8回のポスティング川柳コンテストの応募期間です。(応募締切9月30日です)当社も加盟している日本ポスティング協同組合のホームページはこちからです。

 

https://www.posting.jp/senryu/index.html

 

第1回~7回の優秀作品もみることができますので、参考になると思います。

皆さんも、ポスティング時のお供として、川柳づくりを趣味にして、このようなコンテストへ応募することを楽しみにしてみてはいかがでしょうか?

現代の芭蕉になった気分で・・・・。

 

追伸

8月22日夏の甲子園高校野球で、宮城県代表の仙台育英高校が優勝しました。東北勢での悲願の初優勝ということで、真紅の優勝旗が、「ついに、白河関を越えた」と地元では大賑わいでした。白河関というのは、芭蕉のころから現代にいたる大事な関所なのです。

本当におめでとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023

08.01

し ょ ち ゅ う お み ま い も う し あ げ ま す

皆様、連日の猛暑と豪雨などの異常気象に加えて、終わらないコロナ禍の季節をどのようにお過ご

しでしょうか?

当社では、5月から予想外のことがらが続き、変革・改革の時代へと突入しています。

世の中は、20年振りの円安、物価高、エネルギー不足、など先行き不透明な長~い不況の時代

へ突入したとの専門家の意見も出始めています。

 

「不況 また良し」(松下電器産業創業者 松下幸之助)

「不況時こそ 腕を試す最良の時である」(シャープ創業者 早川徳次)

 

現在、社歴が20年を超えるような会社は、すべて危機的な不況時(リーマンショックなど)を体験しており、その時どのように行動すれば良いかを体験しています。不況を乗り越えてきたからこそ、社歴を積み重ねてこれたとも言えます。当社もそのような会社の一員に数えられるようにしたいものです。

人間社会でどんなことが起きていようとも、夏になると朝顔がきれいに咲き、百日紅(さるすべり)が咲き誇り、

 

カエルもここぞとばかりに大合唱が始まります。

自然はなんら変わっていないのです。自然の営みは、延々と続いています。

皆さん、猛暑も、コロナも、物価高も、不況も、知恵を絞って乗り越えていきましょう。

当社ブログを読んでいただいている皆さんにも、よりよい未来がすぐそこに有ると信じていきましょう。

熱く語ってしまいました。

ちょっと冷やしましょう。

皆さまへ、暑中お見舞い申し上げます。

                          2022年(令和4年) 盛夏

 

2023

07.11

当社の若手男性社員から、「社長!以前からお付き合いしている女性と結婚・入籍します」と報告がありました。

久々の慶事で、気持ちがうきうきとしました。

早速、一緒に食事をする機会を設けました。

 

仲睦まじい2人を見ていて、明るい未来を信じられるようになりました。

 

帰りの道すがら、道祖神?にも2人でお参りしていました。

長い人生で、伴侶を見つけて、仕事にも張り合いがでてくると思います。これからもがんばって、会社を引っ張っていってください。期待していますよ、お願いします。

ちなみに、入籍日は、2人がお付き合いを始めた記念日にしたとか・・・いつまでもお幸せに。

 

 

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