カテゴリー別アーカイブ: 社長ブログ

2021

01.15

皆さん、初夢は見ましたか?

1月1日の夜みる夢が初夢だとか、いやいや2日の夜みる夢が初夢だとか議論があるようですが、最近、夢を見なくなった人も多いのではないでしょうか?

昔の人は考えました。枕元に縁起のよい、七福神の宝船の絵を書き、そこにこんな和歌をしたためました。

「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」

枕の下に、この和歌を書いた和紙を敷き、眠ったようです。正月のラジオを聴いていたら、本当にこのような風習があったようで、女性ラジオパーソナリティさんの家では、毎年父親が書いてくれていたそうです。

この和歌は、大変縁起が良いといわれており、最初から読んでも最後から読んでも同じことばになる、いわゆる回文といわれるものです。

 

どうも、日本人は回るもの、丸いものに対する愛着が大きいような気がします。

大好きな花火も丸くあがります。

 

 

 

諏訪湖もまる~い、現在、3年ぶりに全面結氷されており、御神渡りが期待されています。

 

年末に見た富士山の雲も丸かった。

 

 

今年の私の「夢と目標」を模造紙に書き出してみました。過日、当社恒例の夢と目標発表会が開催されました。詳細は別途。

今年は、まあ~るく 行きましょう!

 

 

 

 

 

 

 

2021

01.04

2021年新年明けましておめでとうございます。

皆さんは、どのような年末年始をお過ごしでしたでしょうか?

(有)ペーパー・シャワーズは、この1月で創立21年目になります。創業でいうと23年目になります。今年新成人になる人たちは、まだこの世に生まれていませんでした。このように歴史を刻み続けて、存続してこれたことに我ながら大変驚いています。

そして、同時に多くの人との出会いと別れがあったのも、会社を創立したあの21年前の冬があったからだと、あらためて若いころの自分の原点を思い起しているところです。歴史に、「もしも」はあり得ないということですが、もしも、あの時に創業していなかったら、どうなっていたのでしょうか?

現在、(有)ペーパー・シャワーズは、ポスティング業(まかせてグループ)と、住宅購入相談所(すまいポート)の2つの事業により、社会に貢献するビジネスを展開しております。この2つの事業に共通することがらは、

①社会のインフラ事業になりうる人が介する地道なビジネスであること

②インターネットが今より発達しても無くならないビジネスであること

③中国や東南アジアなどの安い人件費の国にとって代わられることがないビジネスであること

であるということです。

当社では、これからも永続的な発展していくために、努力をかかさずに前を向いていきたいと考えています。お客様、当社の配布員さん、社員の皆さん、金融機関・地方自治体の皆さん、当社にかかわるすべての皆さんに関わって良かったと思っていただける会社を目指していきますので、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

(以下は個人的なできごとです)

毎年、産まれてはじめてのことにチャレンジすることを、信条としています。昨年末、ある大型ショッピングセンターに行った際に、催事場で「掛け軸展示即売会」というのを行っていました。立ち止まって見る人は、ほとんどいません。

私も、今までの人生で「掛け軸」のことを考えたのは、累計10分以内だと思います。しかし、なぜかその時、「掛け軸」について、展示会場で30分ほど、鑑賞して考えてしまいました。そして、そこにあった1幅の掛け軸を購入することにしました。大谷秋月という作者の「十全図」という画題のものでした。複製品ですが・・・。

赤い富士山をはじめとして縁起の良いものが10個、描かれているという掛け軸でした。他県から来ていた古物商のおじさんが、会計の時「5000円安くしておくよ」とその場で値引きしてくれ、名刺ももらいました。

我が家の玄関入り口にいま、飾られています。

妻に怒られるかと思いましたが、意外と快く思ってくれたようでほっとしました。

それから数日後、珍しい富士山を見ました。

富士山に雲の傘がかかって、UFOのようになっています。

世の中のいろいろなことを繋げて考えることができるような年齢になったことを実感しました。

 

激変の世は、産まれて初めてのことにチャレンジするチャンスでもあると思います。私の中の、美意識を鍛えるようなことも続けていきたいと思いました。

本年もよろしくお願いします。

 

 

 

 

2021

12.15

お待たせしました。

五島慶太と青木村に関わる私の物語のつづきです。後編のはじまりです。

東急電鉄グループの創始者の五島慶太は、長野県青木村の出身でした。青木村に行くと、村全体で五島慶太のことを誇りに思っているということがひしひしと感じられました。私は、パンフレットに載っていた五島慶太の生家を訪ねることにしました。

パンフレットにあった生家の写真と地図をたよりに・・・・

←これが生家の写真

途中で、小枝を折って道に地図を書いてくれるおじいさんに出会い、ワクワク感と静かな集落のたたずまいに酔いながら、山に向かって道を上っていきました。

そして、集落の終わりが見えてきました。

しかし、パンフレットにあったような家がありません!

人の気配がしたので、近くの家の呼び鈴を鳴らしてみました。70代くらいのおばあさんが玄関にでてきて対応してくれました。「あの~、五島慶太の生家はどちらでしょうか?」「あぁ、この目の前のブルーシートがかかっているところだよ。火事で焼けたんだよ。」

えっ!

 

「いつ、火事で・・・?」「えぇーと、あれはな、夏だったな」「おばあさんは、五島慶太って会ったことあるんですか?」「いいや、いいや、私がこの家に嫁って来た頃には、いなかったな。でも、大きな家だった」としばらく雑談に花が咲きました。

平成30年8月14日午後、青木村は激しい局地的雷雨に見舞われました。その時に発生した落雷が原因で、生家は全焼します。奇しくも、五島慶太の59回忌の命日にあたる日でした。

五島慶太の没後、59年目の命日に、落雷生家全焼!

そういえば、青木村が誇る郷土の偉人の生家に行く道に、なぜ、分かりやすい標識がないのだろう?と思っていました。(しかし、そのおかげで小枝で道を書いてくれたおじいさんや、生家のすぐ隣に嫁って来たおばあさんと話ができたのですが・・・)

 

衝撃の事実を目の当たりにして、集落の道を今度は下って、車の置いてあるところまで戻ってきました。

 

 

 

さてと・・・今度は、私の物語にしましょう。

青木村に来たのには、五島慶太とほかにもう一つの目的、「青木村に関わる私の物語」があったのでした。

それは、こんなところに表れています。

青木村消防団・・・村松分団! ん?ムラマツブンダン・・・。

 

 

「社神松村」ですが、右から読むと「村松神社」!ムラマツジンジャ・・・。

そうです、青木村のこの集落は、「村松」であふれているのです。なぜなら、青木村村松という地名だからです。私のご先祖さんも、なにかこの地に関係があったのかな?と想いを巡らせながら歩いてきました。大変たのしい時間でした。

村松神社のたたずまいも堂々としていて、狛犬が2体きちんと鎮座していました。戸には、厳重なカギがかかっていましたが、その横に少し穴があいていて、賽銭を入れるようになっていましたので、ありったけの小銭を入れてお参りしてきました。

そして振り向くと・・・

 

農村歌舞伎か、浄瑠璃なんかを演じるような大きな舞台の建物がありました。きっと、この広場にたくさんのひとが集まるお祭りがあるんだろうな。全国の村松姓の人たちが集まるお祭りを開けば楽しいだろうな・・・などと思いながら青木村をあとにしました。

いかがでしたか?

五島慶太と青木村に関わる私の物語、2回に分けてご覧いただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

2021

12.04

私は20代のころ、横浜の会社でサラーリーマンとして働いていました。そのころ、東急東横線の始発渋谷駅からの終着駅は、桜木町駅でした。今は、横浜←→桜木町間は廃線となり、横浜駅からは地下にもぐり、みなとみらい21をとおり横浜中華街まで伸びています。

会社は、桜木町駅から徒歩3分のところにあったので、毎日東横線を利用していました。桜木町駅は、いわゆる労働者の町で、終電が終わっても朝まで開いている居酒屋や立ち飲み屋がたくさんありました。土日は、JRA(日本中央競馬会)の場外馬券売り場があったので、大勢の人波であふれていました。私は活気のある桜木町駅界隈が大好きでした。

私も東急線の沿線に住んでいたので、東急電鉄グループにはなにか親しみを感じています。渋谷109東急百貨店や東急ハンズなども東急ですよね。亜細亜大学や東京都市大学(首都大学)などの大学創立にも大きくかかわっています。

その東急グループの創始者が、五島慶太(旧姓小林)というひとでした。明治15年生まれ、昭和34年に77才で亡くなっています。2000年ころまで、渋谷駅前の東急文化会館の最上階には、五島プラネタリウムがありましたよね。もちろん、五島慶太から名前はきています。

 

その五島慶太は、長野県上田市のとなりの青木村出身ときいて早速青木村へ行ってきました。

村に入ったとたんに、大きな看板が目に入りました。

 

道の駅にも五島慶太の紹介がありました。

 

なんと公園の名前にもなっていました。

 

最近、五島慶太未来創造館というきれいな施設もできました。

 

 

村をあげて、五島慶太を誇りに思っていることが良く分かります。

私の心もうきうきしてきました。東急グループの礎を創ったこんなすごい人が、信州出身だったんだって!未来創造館でじっくりと五島慶太の軌跡を学んできました。(ちなみに入場無料)

 

五島慶太は、その強引なやり方で多くの実業や学校を作ってきたので、あだ名が「強盗けいた」だったということも知りました。そのくらいのアクの強い人でないと戦後復興期に成功を勝ち取ることはできなかったのでしょうね。

 

気持ちがのってきたので、ここまで来たのでパンフレットにあった五島慶太(旧姓小林)の生家を見ていこうと思い、地図を頼りに青木村の山間に入っていきました。

道が狭くなるところに車を停めて、近くの民家でタイヤ交換しているおじいさんに道を聞きました。「五島慶太の生家はどこですか?」すると、このおじいさん小枝を折ってきて、舗装されていない道に、絵を描き始めました。「ここをずっと上っていくと家が途切れる所があって、その右だよ」と・・・。なんか、久しぶりに道を尋ねて、道に絵を書く人に出会えて、ますます気持ちが高ぶってきました。ここの集落は、不思議な静寂につつまれていました。

こんな集落を歩いて登っていきました。

まだまだ先です・・・

 

人っ子ひとり歩いていません。くるまも走っていません。

歩くこと10数分、ついに集落が途絶えました。そこで見たものは・・・・。

衝撃の結末は、数日後にこのブログで・・・。それまで、待てない方は、青木村へ足を運んでみてください。

 

 

五島慶太と青木村に関わる私の物語(後編)をお待ちください。

 

Coming Soon!  後編をお楽しみに。

 

2021

11.24

福島県白河市において、

Begins Today合同会社さま、設立おめでとうございます。

前職からの事業を無事継承し、ポスティング業をメインとした総合マーケティング会社を

目指しているとお聞きして、大変よろこばしく思っています。ポスティング業では、引き続き

まかせてグループの一員としてがんばってくれるとのこと、ありがとうございます。

一緒に日本の地方都市のポスティング業を、社会基盤(インフラ)にするべく喜ばれるビジネスに

していきましょう。

(過日、代表の新矢裕介様は、日本ポスティング協同組合の理事および北海道東北ブロックのブロ

ック長として引き続き継続活動できることが、組合の臨時理事会にて決議・承認されました。誠に

おめでとうございます。周りの方々から祝福されて期待されて、事業をスタートされるというの

は、本当に幸せなことだと思います。)

まさに、Begins Today !  時代を感じさせる社名もいいですね。

今後ともよろしくお願いします。

 

2021

10.27

最近は、めっきりとJRの電車を乗らなくなりました。しかし、がんばっている駅を見つけました。

このコロナ禍で、駅に貼る旅行ポスターが少なくなっていても、それを逆手にアイディア豊富な駅員さんがいるようです。

それは、駅舎いっぱいに貼られている創作カルタ・・・。

 

待合室にも、連絡通路にも、壁一面が創作カルタ(絵札と文字札が対になっています)になっていました。当ブログのタイトル、「あ~ん」は、あ~んではなく、「あ」 から 「ん」 とうことですよ。

 

 

たとえば・・・「あ」

←うまくまとめていますねぇ。駅員さんのセンスが光っています。

 

 

たとえば・・・・「ほ」

←駅員さんの切実な願いがカルタの文句と絵に表れています。

 

たとえば・・・「し」

←障害が稀に発生 玉に瑕(きず) えっ、そんな風に言っていいの?JRの本音トークに思わず引き込まれます。

 

たとえば・・・つづいてまたまた「し」

←日本全国だいたい出せる・・・というフレーズが、これまた謙虚な本音トークが、ますます高感度アップしていきます。「し」を考えた駅員さん、なかなかです。

 

 

たとえば・・・・「ば」

←そこそこできる・・・というフレーズも今の時代、ほっとする謙虚な本音トークですね。好感度アップです。ところで、「ば」っていうカルタあるんですね。

 

 

たとえば・・・「ん」

←もっとも難しい「ん」にチャレンジした勇気に拍手。お父さん、奥さんより仲良くしよう、というえきねっとの願いも秀逸!

 

 

さて、こんなに待ち時間が楽しくなるこのJRの駅はどこでしょうか?

 

(↑これはジプリ無料画像を使用させていただきました)

 

ヒント;そうそう、このJRの駅のホームには、なんと足湯があります。「すわってのんびり足湯」なんて書かれたのれんがひるがえっています。

 

 

 

 

 

 

2021

10.19

先日、あるJRの駅前にある喫茶店に入ったところ、珍しいメニューを見つけました。

「大すずめ蜂 唐揚げ・・・・・550円」

 

大スズメバチ?  の から揚げ? 

・・・喫茶店で?

早速注文してみました。本当に体長4cmほどの巨大なスズメバチ2匹と幼虫のから揚げが出てきました。

食べたあとの触感をジプリ画像で表すとこんな感じです。

会計の際に、「産まれてはじめてスズメバチを食べました。ご馳走様でした。」と女性店員さんへ伝えるといろいろとスズメバチ談議を教えてくれました。いわく・・・・

スズメバチを生きたまま焼酎に入れて熟成したお酒を毎日すこしづつ呑むと、血行がよくなり、冬でも手や足の先まで暖かくなります。そうやって飲んでいる愛好家が何人かいて、そのルートからスズメバチを仕入れているようです。そして、その焼酎漬けのスズメバチの入った瓶を見せてくれました。

これです・・・

大スズメハチがうようよとこずんでいました。

 

 

どこのお店か知りたい方は・・・自分で探してみてください。繰り返しますが、JRの駅前の喫茶店です。居酒屋ではありませんが、メニューは豊富。そういえば、メニューに、イノシシの唐揚げ 870円、ざざ虫 480円、かいこのさなぎ 480円などの超レア物もありましたね。今度、チャレンジしてみようと思います。

 

ヒント;そうそう、ここのJRの駅には、ホームに本格的なぶどう園があります。

 

 

 

 

 

 

2021

10.12

今年は、さまざまな意味で思い出深い年になりそうですね。

9月の初めに近所のスーパーに行くと、秋の味覚、さんまが1尾600円で売られていました。10月のはじめになって、やっと1尾200円ほどに落ち着いてきました。

我が家では、毎年秋に炭火で焼く、さんま焼きパーティを開催しています。これが好評で、近所の若者たちが数人遊びに来ました。

新鮮なさんまを仕入れてきました。今年は高級魚の仲間入りです。

これを七輪で炭をおこして、網の上でやくと煙がもくもくとたちます。

いい焦げ目がついてきました。

さんまの油がしたたりおちて、炎があがります。

きれいに盛り付けると出来上がり。高級魚の風格がでています。これを美味しくいただきます。はらわたも苦みがあり、おいしいです。

ふと、高校生のころに習った昭和の詩人、佐藤春夫の詩がよみがえってきました。

「さんま、さんま、さんまにがいか、しょっぱいか。

そが上に熱き涙をしたたらせて さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。

あはれ

げにそは問はまほしくをかし。」

(#ジプリで学ぶ秋の味覚~ジプリの画像を拝借しました)

 

2021

09.30

当社が加盟している日本ポスティング協同組合には、ことしから、川柳委員会という新しい委員会活動が始まりました。4月の東京での初顔合わせの予定が皆さんご存知のような状況になり、延期延期を繰り返し、ついに9月の初めに、長野県松本市で開催されました。

組合には、北海道東北ブロック、関東ブロック、中部北陸ブロック、関西ブロック、中国四国ブロック、九州沖縄ブロックの6つに分かれており、それぞれのブロックに川柳委員が1名おります。その初顔合わせでした。

2日間にわたり、当社すまいポート21松本店の店舗を借りて、上記のような雰囲気で開催されました。感染予防策として、マスク着用、2週間以内に高熱を出されたり体調不良の方は参加不可はもちろんですが、1人1枚のフェースシールドを用意、1時間に10分の強制換気、アクリルボードの設置、マイクを3本用意などと、飛沫感染を防ぐ予防策をとりました。

全国から遠路はるばる集まってくださった方々の労力とその勇気に応えて、

「絶対にここからクラスターは発生させないぞ!」

という強い気持ちで臨みました。おかげさまで2日間の日程が無事終了しました。その後、感染者もクラスターも発生せず責任者として、本当にほっとしました。

これから、2年ほどはこのような時代が続くと言われていますが、どうせ逃げられないのなら、楽しもうと思います。

記念写真も、フェイスシールド、マスク姿で・・・

 

松本城にも行き、通りがかりの観光客の方にシャッターを切ってもらいました。私たちの格好を興味深く見ていましたが・・・。

夜の懇親会もこんな感じでした。

お互いがよく、分かりあえると議論も活発になり、よいアイディアが産まれます。また、雑談がさえてきて、チームの力を感じることがあります。

初回の会合を終えて、約3週間後、9月の終わりに今度は、川柳委員会は、ZOOM会議という形をとり約2時間行いました。

一度ゆっくりと会っている仲間なので、ZOOM会議に移行しても、議論は活発になります。今、世の中では、ZOOM会議などのリモートワークが話題ですが、大前提としてお互いを良く知っていることがより良いリモートワークへ移行する際に大変大事なことだと思いました。

リアルとネット、オンラインとオフライン、現実と仮想、どんなことでも、バランス(調和)を大切にしましょう。極端はいけませんね。

ポスティング川柳委員会の活動内容などは、日本ポスティング協同組合のホームページなどをご覧いただければと思います。

 

 

 

 

 

 

2021

08.17

皆さん、どのようなお盆をお過ごしになったでしょうか?今年のお盆は、例年と異なることが多かったことでしょう。その花火大会は、大変私にとっても貴重な体験でした。

私のメールアドレスに、花火大会の1週間前に、打ち上げ場所と日時を記したメールが届きました。そのメールには、公開禁止、拡散禁止のことばが・・・。つまり特定の人への花火大会への招待状でした。三密を避けるために、近隣住民にも伏せた花火大会の案内でした。

昔から水晶がとれることで有名なその山のふもとに、3年ほど前に倒産してしまった観光施設の広い駐車場がありました。そこが指定された観覧席でした。指定された日時に車でいくと、すでに県外ナンバーのくるまが数台停まっていましたが、なにも看板はありません。

「村松さんですね、ようこそ。ここに車を停めて、あの鎖の先が観覧席です。どうぞ。」と警備員に声を掛けられました。

なにやら特別感のある応対、しかし、鎖の先は、単なる駐車場跡地。観覧席という席もトイレも外灯も屋台も何もありませんでした。花火が打ち上げられる30分ほど前から、そこかしこの暗闇から人の話し声がします。約10組ほどの家族連れやカップルのようですが、なにせ真っ暗で分かりません。

花火製造会社の社長のあいさつがあり、それと同時に山のてっぺんから、花火がどんどん打ちあがりました。まじかでみる花火は迫力があり、轟音が腹にしみます。こんなに、打ち上げ花火に集中できる花火大会があったろうか?大スターマインのあと、二尺玉が大きくあがり、この夜の特別な花火大会は約15分ほどで終了しました。

 

その場にいた数十人の人たちから、期せずして拍手が暗闇の中に鳴り響きました。子供の歓声の声もありました。

観客は、その場限りの一体感を感じました。

様々なお祭りが中止になり、夏の風物詩花火の需要もなくなってしまいました。そんな中、頑張っている花火製造会社さん、花火職人のみなさんがいます。大変な時代ですが、元気を出して、一緒にこの時代を乗り越えていきましょう!

 

 

 

 

 

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