カテゴリー別アーカイブ: 社長ブログ

2018

08.16

今年は本当に酷暑で暑かったですね。お盆を過ぎましたが、熱中症にならないように、まだまだ気を引き締めていきましょう。

このブログを読んでいただいている皆さん全員へ、残暑お見舞い申し上げます。

さて、1年ほど前のまかせて松本のブログに触発されて、私の記憶から自動販売機を引き出してみました。

最近、自販機でジュースを買った後、立ち去ろうとすると、「ありがとうさん、また寄ってや!」などと音声が追いかけてくるものがあります。お盆期間中、高速道路を利用された方も多いと思いますが、中央道のPA,SAの自販機では、地元の方言で追いかけてくるので、結構楽しいですよ。

長野県内の中央道のPAでの自販機は・・・・

 

「どこまで行くんな?そうかな気をつけて行くんだに!」最後の、だに!というのが南信州の方言の語尾ですね。他県から来た人は、びっくりするでしょうね。

 

 

山梨県内の中央道のPAでの自販機は・・・・

「てっ!わざわざよってくれただけ?わりーじゃんねー」甲州弁特有のじゃんことばです。

 

 

岐阜県のPAでの自販機は・・・・

  

「どこぞに行きんなさるの?あんばよ~行きんさいよ!」美濃弁というようです。朝の連続テレビ小説「半分、青い!」のふるさと言葉です。

 

高速道路運営会社もいろいろと考えていますね。地方の特色が自販機から分かると言うのは、いいですね。わざわざこの方言を聞くために、ジュースやコーヒーを買ってしまう人もいるでしょうね。

高速道路を利用した際には、PA,SAに寄って地方都市の楽しさを発見してみましょう。

 

 

 

 

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2018

08.04

普段、わたしたちが何気なく歩いている道のそこかしこに、碑が建っていることが多々あります。わたしたちは、碑があることは知っていますが、じっくりとなにが書いてあるか読むことはあまりありません。

でも、そこには先人の知恵や地域の歴史が刻み込まれています。碑を残すということは、後世の人たちになにかを伝えたいと思った先人の想いが込められています。その想いを受け止めてみませんか?ポスティング中でも十分できると思います。

①笛吹童子の碑

山梨県には笛吹市という市があり、笛吹川という川が流れています。笛吹市の第二平等川(昔は笛吹川だった)にかかる橋の欄干には、笛吹童子の碑があります。

  

笛吹川の笛吹童子のものがたりは、隣の碑文を読んでみるといいでしょう。

「笛吹権三郎の伝説 およそ600年ほどむかし、上釜口の芹沢に母親と二人暮らしの権三郎という孝行息子がいました。笛がたいそう好きで、また上手でした。ある晩、豪雨のため氾濫した子西川の濁流に母子はのみ込まれてしまいました。けれども若い権三郎は流木につかまって九死に一生を得たのです。助かった権三郎は、権三郎の名を呼びながら流されていった母親のことが片時も忘れられず毎日毎晩母親を探しました。母親の好きだった曲を吹きながら、ずっと川下の方まで河辺を探しまわったのです。

疲れ切った権三郎は、ある日川の深みで足をすべらすとそのまま帰らぬ身となったのです。夜になると川の流れの中から美しい笛の音が聞こえてくるようになったのは、権三郎が死んでからのことでした。村人たちは、いつかこの流れを笛吹川と呼ぶようになりました。」

②出砂原の六地蔵さんの碑

長野県下伊那郡高森町には、出砂原とかいて、「ださら」と読む地名があります。ちょっと島国的ではなく、大陸的な異国情緒あふれる語感ですね。国道153号線出砂原の交差点の近くに、出砂原の地蔵菩薩の石像があります。なにか現代的でちょっと愛嬌のあるお地蔵さんです。隣には、町内4ケ所に六地蔵があるという説明書きがあります。子供のころ、笠地蔵という童話を聞かされましたが、そのイメージにぴったりの六地蔵が、ここかしこにあるそうです。一度、すべて歩いて訪れてみたいなと思いました。江戸時代、このあたりは地蔵菩薩信仰がさかんな土地柄だったそうです。

③ロケット型の謎の碑(千曲川沿い)

長野県上田市を流れる千曲川のほとりに、ひっそりとロケット型の碑がたっています。いつも車で通るときにはなんだろう?と思っていましたが、ついに歩いてゆっくりと碑を観ることができました。そこには、悲しい出来事がつづられていました。

  

「小菅訓導殉職記念碑 この殉職記念碑は、おぼれる子どもを救おうとして、千曲川で殉職された小菅武夫先生の崇高な行為をたたえ、その遺徳を永久に記念するために、県内外の有志の方々からの募金によって建立されたものであります。

昭和4年4月24日、当時の上田尋常高等小学校本校部の春の遠足で、250名が須川・鴻の巣方面に出かけた帰り、ひとりの子どもが千曲川の仮設橋を渡ろうとして足を踏みはずし、川に転落しました。

それを見た小菅先生は、服も脱がず、直ちに渦まく川に飛び込んでその子どもを助け、一緒にいた先生に手渡しました。しかし、小菅先生は疲れと4月初めの雪解け水の冷たさのために体の自由を失い、ついに殉職されたのであります。

ときに先生は23歳、教職に就いてわずか25日目のことでありました。」

 

先人の想いが、こうやって平成の末を生きる私たちに届いています。せめて、碑に気づいたら、きっちりと先人の想いを受け止めてあげましょう。道端の碑ってすごいと思いませんか?

 

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2018

08.01

当社は、創業20周年を迎えていますが、ことしは、結婚ブームに沸いています。

★入社8年目のベテランエース級の男性社員が結婚(5月挙式・披露宴)

 

  

 

★入社4年目の若手エース級の男性社員が結婚(6月挙式・披露宴)

 

こちらの夫婦は、挙式前に我が家に遊びに来てくれました。そこで一緒に天竜ライン下りにいきました。大変楽しいひとときでした。いい経験でしたね。

  

 

★入社2年目の若い女性社員が結婚(4月挙式)

 

現在奥様(当社社員)は、出産のために産休中です。

★これからもどんどん結婚のお話がでてきそうです。楽しみです。

この人も・・・

あの人も・・・・

会社で正社員で働くということは、生活が安定することを意味します。生活が安定すると、結婚して一緒に住もうという相手が見つかることが多々あります。社長としては、扶養家族が増えることにもなります。ますます、両肩へ重圧がのしかかります。しかし、ほどよい重圧なので、肩こりなどは起きません。

よ~し、もっと雇用を増やして、扶養家族を増やして、社会的に必要とされる会社にするぞ~と、新たなエネルギーが湧いてきます。こんなふうに経営を考えられるようになったのは、つい最近です。

雇用(扶養家族含む)を増やすことこそが、会社経営の存続目的だと気づきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2018

07.24

7月第1週は、西日本豪雨災害が広範囲で起きました。230名を超える死者・行方不明者をだすという大惨事になってしまいました。被害にあわれた方、過酷な避難生活を送られている方、関係する皆様には謹んでお見舞い申し上げます。

 

 

 

 

平成最後の盛夏です。当ブログを読んでいただいている方々へ、暑中お見舞い申し上げます。

第2週目からは、連日スーパー猛暑とでもいうような、連日暑い日々が続きました。熱中症で救急搬送される方が全国で数千人におよび、残念ながら死亡される方も連日多くいらっしゃいました。もやは猛暑は、災害であるという論調も見られるようになりました。

ついに、7月18日には岐阜県多治見市で、最高気温40.7°Cを記録しました。当社まかせて多治見の室内も大変な暑さだったそうです。

 

丁度そのころ、私は、このテレビ画面で言うと、最高気温27°Cの都市にいました。夜は、△すきのの××らーめんを食べていました。同じ日本でもこれほど気温が異なるのだとびっくりしました。

 

私の住む地域の伝統行事である祇園祭りも無事終了しました。昨年は地域の役員でしたので、いろいろな経験をさせてもらいました。

 

 

 

7月の第3週にビックニュースが飛び込んできました。大相撲名古屋場所で、関脇御嶽海が13勝2敗で初優勝しました。初の長野県出身力士の優勝、地元では新聞の号外が各地で配られたそうです。

地元の新聞の7月22日、23日の誌面です。

  

特に有力な地元新聞が粋な誌面構成をしていました。朝刊のラッピング誌面とでもいうべきものです。通常の誌面に一枚の全面御嶽海のニュース誌面を巻いていました。こんな感じです・・・

 

 

 

7月24日現在、終わりのない猛暑は続いています。昨日は埼玉県熊谷市で国内観測史上最高の41.1℃を観測しました。甲府市でも40.3℃、多治見市でも再び40.7℃を記録しました。異次元の時代に突入したともいえます。

まだまだ猛暑が続きます。皆様も体調管理に十分気を付けてお過ごしください。

平成最後の夏は、様々な記憶を私たちに刻み付けて過ぎています。この夏に起きたことをちゃんと覚えておきましょう。

重ね重ね、暑中お見舞い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2018

07.03

各地をまわるとなにかのきっかけで、頭の中で点と点がつながって「あぁ、そうなんだ」と納得できることがあります。最近の経験から、ストーンと腑に落ちたことを紹介します。

初めて長野から北の北陸新幹線に乗りました。

上越妙高駅前に上杉謙信の立派な銅像がありました。越後の国の戦国武将、地元で「毘」という旗を見ると武者振るいする人がいるようです。

 

甲斐の国には、武田信玄。「風林火山」の旗が有名ですね。JR甲府駅前には立派な銅像があります。

 

越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄が戦った場所が、信州の川中島。当時最大の戦死者を出した壮絶な戦いだったそうです。川中島古戦場跡には、2人の戦闘の様子が像になっています。

 

上杉謙信は、紺糸縅(こんいとおどし)の鎧(よろい)に萌黄緞子(もえぎどんす)の胴肩衣(どうかたきぬ)、金の星兜(ほしかぶと)に立烏帽子白妙(たてえぼししろたえ)の練絹(ねりきぬ)で行人包(ぎょうにんつつみ)、長光の太刀を抜き放ち、名馬放生(ほうしょう)にまたがり戦況の進展に注目、乱戦で武田本陣が手薄になったのをみ、旗本数騎をつれ信玄の本営を強襲した。この時の武田信玄は、諏訪法性(すわほうしょう)の兜、黒糸縅(くろいとおどし)の兜の上に緋の法衣、軍配を右手にもち、この地で崩れかかる諸隊を激励指揮していた。この信玄めがけて謙信は只一騎、隼の如く駆け寄りざま、馬上より流星一閃、信玄は軍配で受けたが、続く二の太刀で腕を、三の太刀で肩に傷を負った。(立て看板より)

ここがいまは、当社まかせて長野の配布エリアになっております。地名に「合戦場」というところがあったり、路地裏に祠が祭られていたりと、戦国時代の記憶が残っています。

甲府駅前でみた武田信玄像と、上越妙高駅前でみた上杉謙信像が、長野市の古戦場跡で戦う場面として像になっているなんて・・・、ストーンと腑に落ちた体験でした。

 

 

 

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2018

06.23

日本には、昔からツバメが家に巣をつくると「家が栄える」と歓迎し、ツバメの子育てを温かく見守る風習、風土があります。
いろいろな街を歩いていると、すごいな日本という国は・・・と思えるような瞬間があります。特に、ツバメの巣がある公共の施設、お店にその気遣いがうかがえます。最近、私がみつけた風景を一気に放出します。

◆①ある道の駅の休憩スペースで見つけたツバメの巣

電球の上に、巣ができています。「つばめの落とし物注意」「つばめの落とし物専用箱です。ゴミ箱ではありません。エチケットをまもり、ご協力お願いします。」

道の駅の担当者のやさしい配慮、気遣いが感じられます。

 

  

◆②床屋さんの入口の真上に作られたツバメの巣

一番人が通行するど真ん中に巣があります。足元にダンボ-ルの箱と、頭上にはなにやら張り紙が・・・なになに「今年も戻ってきました!!幸福の鳥 ひな鳥の為にも巣をそのままにしております。頭上注意」

わかります。商売繁盛のお店の心遣いはやはり違いますね。

 

  

◆③北陸の風情のある茶屋街で見つけたツバメの巣

 

さすが、たくさんのツバメが飛び交っていました。古い街で栄えているところはツバメの巣を大事にしていますね。フン対策も完璧のような気がします。しゃれたフン受けがあるのですね。よく観察すると、玄関わきの柱に、ツバメの絵が描かれた丸いシールが貼られていました。

茶屋街の近くの古い風情の薬局の玄関先にもツバメの巣がありました。商売繁盛の秘訣ですね。

こちらのお店の柱には、こんなにツバメのマークのシールが貼られていました。

街全体でツバメが帰ってくるのを歓迎していて、温かく皆さんで見守っています。

◆④軽井沢近くのお店で見つけたツバメの巣

フン受けがおしゃれです。こんな製品があるのかなと下から覗いてみるとNPO法人の名前がありました。

あれ?このフン受けどこかでも見たな、北陸の風情のある茶屋街でみたフン受けと同じだ!こんなことを真剣に考えている団体が存在していて、いろんな人が集まるところで活用されていることに驚きました。

当社もツバメの巣を歓迎でき、そのために起きるフン被害に対しても大きな心で受け入れる懐深い会社でありたいなと思いました。

 

 

 

 

 

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2018

06.18

6月18日(月)朝7時58分ころ、関西・大阪を中心に大きな地震(最大震度6弱)が発生しました。

被害にあわれた方々には、心よりお見舞い申し上げます。

我がポスティング業界でも多くの仲間の会社が関西地方にあります。各社に登録されている配布員さんも合わせれば数千人にのぼると思います。

すべての配布員さんの安否確認には、大変な時間と労力を要することが予想されます。どうか、皆さまがご無事でいられますようにお祈り申し上げます。

また、今後大きな余震が起きる可能性もあります。どうぞ、十分に気を付けてください。

 

(昨日は、群馬県でも震度5弱の地震が発生しています。日本に住む以上いつどこで巨大地震が起きてもおかしくありません。このブログを読まれている方々、今回の地震対応でのポスティング会社としての対応ノウハウなどをぜひ、教えていただきたいと思います。当社でも災害に備える体制を構築していきたいと思います。)

㈲ペーパー・シャワーズ 代表取締役 村松昭文

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2018

06.02

コングラチュレーション!!

 

まかせてグループに仲間の店舗が増えました。沖縄県宜野湾市に、「まかせて宜野湾」(運営;ペーパーネット沖縄㈱)がオープンしました。まかせて那覇とまかせて沖縄の中間地点になりますが、沖縄県でも最も開発が進み、人口が増えている人気の地域です。今まで以上に、きめ細かな対応ができます。沖縄県へのポスティングのご依頼は、いままでどおり、ぜひ、まかせてグループへよろしくお願いいたします。

 

さて、それでは沖縄県宜野湾市にまつわる社長クイズです。つぎのなかで正しいものを選んでください。〇か×かを答えてください。

①宜野湾市には、東急ハンズがある。

②辺野古移転やオスプレイ配備で有名になってしまった在日米軍基地「普天間飛行場」は、宜野湾市にある。

③まかせて那覇の立ち上げのころ(15年ほど前)、私(村松)は、宜野湾市にアパートを借りて住んでいたことがある。

④大昔のこと(30年ほど前)、私(村松)の恋人が宜野湾市にいた。

こたえは・・・・

 

・・・・

 

・・・みなさん、どうしても④が気になってしまいますね。

 

・・・・

 

・・・・もう少しじらします。

 

・・・・

 

・・・・

・・・

・・

こたえは・・・・

 

 

 

すべて〇です。

 

気になる④ですが、その恋人がいま私の妻となっております。

 

な~んだ、そんなオチだったのか?

 

すみません、内輪ネタで。

 

そんなわけで、まかせて宜野湾のオープンを誰よりも喜んでいるのは、何を隠そう、隠していませんが、私です。本当に開設おめでとう、まかせてグループとして一緒に事業を拡大していきましょう。

 

 

 

 

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2018

05.17

長野県の飯田市役所の敷地内にこんな場所があります。

 

 

こんもりと大木のケヤキの木があります。その木陰の大きな岩に小さな看板があります。

 

「飯田市制施行 80周年記念タイムカプセル 2018年3月18日埋設、2037年 市制施行100周年開封」そうです。この岩の下には、タイムカプセルが埋まっているのです。

埋める前に撮影されたタイムカプセルです。人の背丈ほどある大きなつぼのようなものです。

 

このタイムカプセルの中に、飯田市が市民に呼び掛けて募集した数千通の手紙が入っています。私の手紙も4通入っています。

いまから20年後の2037年に、この場所からタイムカプセルを掘り起こして、飯田市が切手を貼ってそれぞれの宛先に郵便として送るという意気なイベントに乗っかってしまいました。

4通は、妻へ、子供たちへ、会社へ、そして20年後の自分あてです。締め切り間際に、妻にこの企画を話したら、妻も手紙を出したそうです。私宛もあるようです。最近この話題を夫婦で話しましたが、もうすでに何を書いたか2人とも覚えていません。

2ケ月前に書いた自分でも忘れてしまったことが、20年後に甦って読める手紙っていいですね。20年後を楽しみに生きることもできます。もしこの世にいなくても、それはそれでびっくりしてくれる人もいることでしょう。

意気な計らいをしてくれた飯田市に感謝です。

社員から質問がありました。会社に対してはなんと書いたのですか?って、すみません、やはり何を書いたかもう忘れました。20年後の社長はだれになっているだろうか?ペーパー・シャワーズは20年後もこの場所にあるだろうか?もし読んでみたければ、20年後も元気で当社で働いていてくださいね。

ところで、20年後に郵便という制度は存続しているのでしょうかねぇ。手紙を郵便配達人が配達するということが、もしかしたら歴史上の過去の出来事になっているかも知れません。それでは、ポスティングは?

2ケ月前に書いた手紙の内容も忘れているのだから、20年後のことなんて予想不可能です。でも、楽しみです。わくわくしてきました。

 

As  Time   Goes   by !

 

 

 

 

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2018

04.17

今年の春は、桜の開花が早かったですね。首都圏では、3月下旬に満開をむかえ、入学式のころには、葉桜だったようです。わたしもこの時期いろんなところで、桜を観ることがありましたので、2018年の私的な桜前線を報告したいと思います。

①まず、3月下旬、組合の勉強会および役員会に参加した折に、東京の国分寺で今春初の満開の桜を観ました。中央線国分寺駅から徒歩20~30分くらいのところにありました。

お鷹の道というのを抜けると、武蔵国分寺跡があり、満開の桜でした。昔の武蔵野の風景が残る一角でした。府中の東京競馬場まで行こうかと思いましたが、時間がなくて断念しました。暖かくて楽しいウォーキングでした。

 

 

 

②次は、やはり3月下旬に山梨県韮崎市で観た桜です。白い色っぽい観音様の周辺の桜が満開でした。この角度からは、残雪の富士山も見えます。白と青の富士山+白い観音様+ピンクの桜というコントラストが最高です。

  

 

③次は、4月上旬の長野県松本市の松本城の桜。25度を超える異常な温かさを記録していたころでした。こんなに早い松本の桜を観たことはありません。観光客は、中国人や東南アジア系の団体客ばかりで、日本人が少なかったのが不思議でした。北アルプスの残雪の城と、松本城(別名烏城)の黒と、桜のピンクのコントラストがよく、カメラマンがたくさん出ていました。

 

ちなみに、ただいま、松本市美術館では、郷土出身の草間弥生展が開催されており、大通りの旗も、行きかうバスも水玉模様で町全体が草間ワールドになっていました。

 

 

④最後は、長野県の最南端天竜川沿いの桜並木です。私が見た桜の中では、もっとも南に位置することですが、なぜか4月中旬で最も遅い満開でした。聞くところによると、地元の有名な桜博士と呼ばれる人物が、わざと遅咲きの桜品種ばかりを植樹した並木道だということです。

 

桜200本が、全長2kmにわたり堤防沿いにあります。通称、八重桜街道と呼ばれていましたが、今年からは「シャルルヴィル・メジエール通り」と命名されたそうです。夜は、ライトアップされてきれいです。同じアングルがこんな感じになります。

 

私のスマホではあまりうまく表現できませんね。若いカップルなどがライトアップされた夜道を語らいながら散歩していました。

 

仕事などで、いろんなところに行って約1ケ月にわたり、さまざまな桜を愛でることができるのは、本当に幸せですね。日本に生まれてきて良かったと思います。お花見という習慣が、外国人に徐々に広まっているようですし、日本の文化が人類共通の文化になるといいなと思います。

今年の私的な桜前線は、東から西へ、北から南へ降りてきました。みなさんの桜前線はどうでしたか?

 

 

 

 

 

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