その昔、長野に川柳村(せんりゅうむら)という村が存在していた。

2024

02.01

「トレンド〇〇社のリサーチによると、1月24日~27日のツイッター、フェイスブック、インスタグラムの検索ワードで、「#川柳 バス停」のキーワードが急上昇した。また、グーグルアナリティ〇〇の検索ワード分析においても、同時期に「川柳 バス停」の検索ワードの上昇が認められた。」

 

・・・・というような事実やニュースはありませんでした。

 

しかし、一部のまかせてグループ内部や、川柳ファンの間では「川柳っていうバス停があるらしい、どこに?」という話題がもちきりになったということです。きっかけは、本社が1月24日にあげたブログにありました。

そこで、「川柳 バス停」からの後追い情報を調査してみました。

このバス停は、長野市篠ノ井地区の市道沿いに佇(たたず)んでいました。もちろん、ちゃんとバスが停車する現役のバス停です。時刻表もありました。

そのまわりを歩いてみるとこんなものがありました。

長野市篠ノ井交流センター川柳分館、? 川柳分館

JAグリーン長野 川柳支所、?  川柳支所

 

長野信用金庫 川柳支店 ?  川柳支店

 

川柳建設株式会社という建設会社も存在していた。

 

 

街じゅうが、川柳(せんりゅう)であふれている地域なのです。

そこで調べてみました。

すると、その昔このあたりは、川柳村(せんりゅうむら)という村だったということがわかりました。全国には、川柳(かわやなぎ)という地名や地域名は、いくつか存在しますが、川柳(せんりゅう)と読む地名はここだけでした。

川柳村の歴史を調べてみました。

▼1889年(明治22年)4月1日、更級郡石川村と二ツ柳村が合併して誕生、                     

村 + 二ツ村 =   村

▼1950年(昭和25年)7月1日、川柳村は、篠ノ井町+東福寺村と合併し、篠ノ井町になる。川柳村としては61年の歴史をもって名称消滅

村+篠ノ井町+東福寺村 = 篠ノ井町

▼1959年(昭和34年)5月1日、篠ノ井町は、塩崎村と合併し、篠ノ井市となる。

篠ノ井町 + 塩崎村 = 篠ノ井市

▼1966年(昭和41年)10月16日、ほかの町村と一緒に、長野市へ編入。篠ノ井市はわずか6年ほどの短命だった。

篠ノ井市など複数の市町村が、長野市へ合併し、現在に至る。

 

この地域にのこる「川柳」の名前は、明治22年~昭和25年の61年にわたって実際に存在した川柳村の名残だったんですね。市町村合併が続いていも、地域の歴史を誇りにおもって、社名や支店名・支社名に残しているというのはすばらしいですね。

ポスティングしながら、その土地の地名や歴史に触れてみるのもよいでしょう。

↑雪に埋もれていた 「川柳村役場跡」の石碑を発見!

この地域が、全国の川柳ファンのメッカ?聖地巡礼の地になることもあるかも?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ページ上部へ戻る

お電話でのお問い合わせ