カテゴリー別アーカイブ: 社長ブログ

2026

09.28

秋晴れの早朝、当社の秘密基地?ならず、秘密農園?に行ってきました。

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こんな橋を渡って山にどんどん入っていきます。途中からりんごやなしなどの観光農園が増えてきます。それも越えてどんどん登っていくと一軒の当社の秘密農園に辿り着きます。

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そこには、こんなふうになしの箱が山積みになっていました。それを2台のトラックに積んで運び出します。朝から汗だくの作業でした。

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 ちなみに当社秘密農園の主はこちらの方です。池には錦鯉がこんなに泳いでいます。決して、りんごとなしで育ったわけではありませんが、りっぱな錦鯉です。この方が丹精込めて育てたなし(南水)をくるま一杯に詰め込んで会社に持ってきました。

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 なぜ、ポスティング会社がなしをこんなに仕入れて何にするの?ハイ、そこが企業秘密なので、秘密農園のゆえんです。仕入れたなしは、1日〜2日で会社からなくなりました。私たちの行っているチラシ配り=ポスティングは農業と似ています。種(チラシ)をまいて、実(反響)がなるのを待つ。実がなったら、お世話になった人々をお呼びして収穫祭をとりおこなう。そんなところにヒントがあります。

2026

09.24

ある町で営業しているときに、丁度ランチ時でしたので、古くて小さなキッチンカフェに入ってみました。小さなお店でしたが、女性OLや高校生カップルでにぎわっていました。ふとメニューをみると、「痛風オムライス」「痛風パスタ」の名前にくぎ付けに。痛風というのは、関節が季節の変わり目などに痛くなる病気。そのマイナスイメージのある病名をメニューに入れるこの大胆さ。好奇心旺盛な私はもちろん注文しました。注文したあとに女性店員さんに、「これって、痛風を予防するようなものが入っているんですか?」女性店員さんぶっきらぼうに「いえ、痛風になりやすい食材を使った料理です。」私「えっ、痛風になるための料理?」女性店員「そうです」・・・・

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待つこと10分ほどででてきた痛風オムライスがこれ!

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 おいしかった、豪華で高価。となりの女性2人連れも「痛風オムライス」と「痛風パスタ」を頼んでいました。どうやら、人気メニューらしい。

食事がおわりレジで代金を払うときに、先ほどの女性店員さんが「どうでしたか?」私「いや、おいしかったです」女性店員「そうですか、でも痛風になりますよ」とダメ押しの一声。お店をでてから、ぞっとしました。こんなお店知りたいかたは、私までご連絡ください。ご紹介します。

2026

09.23

プロバスケットチームのbjリーグ所属の信州ブレイブウォリアーズの試合を見に行きました。来年からプロバスケットリーグはBリーグに統一されるということですから、bjリーグとしては最後のシーズンです。この日はプレシーズンゲームということで、サイバーダインつくばロボッツとの闘いでした。1000人弱の観客でしたが、後半一進一退のゲームで大変盛り上がりました。結局、72対79で惜しくも敗れてしまいました。

応援も規律正しいものでした。試合の合間には、専属チアリーダージャスパーズのお姉さんたちの華麗なショータイムで盛り上がります。チームMCの三井順さんは、地元SBCラジオのCMに良くでている方です。

 

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 プロスポーツがエンターテイメントショーに近づいていると実感できる構成です。スポーツビジネスという分野ができているように、若者がこのようなプロスポーツと周辺ビジネスを目指すことは良いことだと思います。基本は人間を喜ばすおもてなしの精神ですね。

会場では、小さな赤ちゃんを抱いた若い奥さんを良く見かけました。子守歌代わりにプロスポーツ会場の雰囲気を体験したこの子らは、どのような人生を歩むのだろうと思いました。以前、日本マクドナルド創業者の藤田田(ふじたでん)が、人間は12歳までに食べたものの味は一生忘れない。と言って、いかに子供のうちにハンバーガーに慣れ親しめさせるかを考えて、ハンバーガー文化を日本に浸透させたと聞いたのを思い出しました。

現代のビジネスマンでこのように壮大な構想を持っている方がどのくらいいるでしょうか?ポスティングしている配布員さんにも世代交代が進んでいます。子供のころ母親に連れられてチラシ配りをした経験をもつ若いお母さんが当社にも何人もいます。藤田田に習い、私は次のような仮説を立てました。「12歳までに母に連れられてポスティングした経験のある女性が、将来自分が母になったときにポスティング会社の門戸をたたく可能性はかなり高い」と。

2026

09.19

「テープを貼っておきますね」というサービスがあります。私たちが、ホームセンターなどで大きなものを買ってレジで精算すると、レジ袋に入らないようなものには、精算済という意味でお店のテープを貼ってくれます。これがあると、駐車場まで持って帰る時も「精算済ですよ」とまわりに無言の主張ができます。よくできたサービスです。

先日、会社から帰るときに妻から電話があり、「夕食のおかずは、さんまよ。大根おろしにするから大根1本帰りに買ってきて!」と。いつものスーパーへ閉店間際にぎりぎり滑り込み、大根1本をもってレジへ。すると、レジのおばさん「テープでいいですか?」といきなり先制パンチ。私何のことかわからず、つい「いいですよ」と返答。お金を払って大根一本持ってクルマへ帰り、助手席に置きました。

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こんな感じです。なにか、間が抜けた感覚を味わいました。たぶんこのスーパーでは、レジ袋撲滅にむけて力を入れているのでしょう。しかし、大根1本にシールを貼って・・・。不思議な感覚です。この場合、どのようなサービスがいいのでしょうか?自分がスーパーのレジ打ちのパートをしていたらどうしたらいいのか?と考えながら家路につきました。

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大根のおかげでその日の夕食はこんな感じでした。あのテープを貼られた大根の変わり身の早さに乾杯!!

2026

09.18

古い蔵の中から、私が中学生の頃に書いた天気図が大量に出てきました。NHKラジオ第二放送の気象通報の時間に必死になって聞き取り、書いた図です。理科の先生に天気図の書き方を習い、それにはまった時期があり、友達とどちらがうまく書けるかと競い合っていたものです。この天気図を見て、三男(中2)が非常に興味を持ち、「お父さん、教えて!」と言ってきたので、ある日、一緒にNHKラジオ第二放送を聞いて書いてみました。39年ぶりにいきなり書いたのですがこれが結構面白かった。昔の経験を意外と覚えていて、これはもしかしたらボケ防止に良いのではないかというアイディアが生まれました。

 

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昭和51年4月4日18時の天気図。私が中学生のころ?中心気圧908mb(ミリバール)の台風が発生していますね。当時は気圧の単位はヘクトパスカルではなく、ミリバール。懐かしい。

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ー39年後の平成27年9月13日12時の天気図。39年ぶりにいきなり書いてみましたが、少年のころの思い出がよみがえりました。39年前の自分がいまと同じ筆跡なのに驚きました。

2026

09.17

栗拾いに励んでいます。栗の木の下に青いネットを置いて、取りやすくしています。栗の木の下を流れる小川に落ちないように、竹であんだむしろをおいて、栗をキャッチしています。大栗を会社に持っていくと瞬く間に社員や内職の皆さんが持っていきます。「栗のごはん炊きました。」などと報告してくれる方もいます。秋のおとずれを感じるひとときです。この栗の木は、私のご先祖さんが植えたものですが、子孫とその会社に関わる方にこのように恵みをもたらせているなんて、ありがたいことです。

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ある日の会社に持っていた栗です。皆さん、この量に驚いて、我先にと袋につめて帰られます。持って行けなかった事務所の皆さん、来年をお楽しみに。

 

2026

09.16

今年の夏の猛暑は記録的なものだったそうです。7月の第2週目から8月の第3週目は、連日の猛暑で、各地で猛暑日の連続日数が過去最高を記録しました。しかし、最高気温の平均の過去最高を記録したのは、今から21年前の1994年でした。

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皆さんは1994年はどこで何をしていましたか?私は、横浜でフリーペーパー発行会社の営業マンとして働いていました。1994年の夏は異常な猛暑でして、ちょっと外に営業に出て帰って来ただけで、川のように汗をかいたことを覚えています。その前の年1993年が冷夏で全国のコメが不作で急きょタイやアメリカからコメを輸入し話題になったときですので、なぜか記憶にあります。私は結婚したばかりでしたが、妻が幼い子を抱いて、スーパーで安い外国産のコメを買ってきていました。国産のお米のおいしさ、品質の良さをしみじみと感じました。あのような冷夏が来年あたり来るのではないかとひやひやとしています。

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お盆には、親戚が集まり、近くの山から切り出してきた竹を使って、流しそうめん大会を行いました。子供も大人も楽しめるイベントでした。となりの家の若夫婦も幼い子供2人を連れて参加してくれました。流しそうめんがコミュニケーションに役立つことが、分かった2015年の夏でした。

2026

09.14

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私は、有限会社ペーパー・シャワーズの代表取締役を務めます村松昭文と申します。1998年の長野冬季オリンピックの開催された年にポスティングと軽作業専門業務請負「まかせて松本」を個人事業として創業しました。その2年後、ミレニアムの2000年に、法人化して今に至っております。世の中の流れに逆らわずにやってきましたが、ここにきてホームページに社長ブログを書くということになりました。これも時代の要請でしょうが、ブログ欄を設ける以上は本気度100パーセントで書き続けたいと思います。

なお、社長ブログのテーマは、「他人のふり見て、我がふり直せ」です。会社の事業の宣伝になるようなこと、過去から現在の自慢話などは極力抑えて、日々の暮らしの中で感じたことなどを書き綴っていきたいとおもいます。

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